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中央区民文化財95 日本橋人形町三丁目(第二次)遺跡出土陶磁器・土器(にほんばしにんぎょうちょうさんちょうめ(だいにじ)いせきしゅつどとうじき・どき)

更新日:2022年4月11日

美しく彩られた古伊万里の長皿の画像
美しく彩られた古伊万里の長皿

種別

区民有形文化財 考古資料

所在地

明石町12番1号 郷土天文館

員数

307点

年代

江戸時代

登録年月日

平成28年4月1日

登録基準

〔5〕

  • イ、各時代の遺物等で、学術的価値のあるもの
  • ロ、区の歴史上重要と認められるもの

広報紙コラム「区内の文化財」より(平成31年4月21日号掲載)

今回紹介する文化財は、平成26年に発掘調査された日本橋人形町三丁目から出土した食器類です。なぜ割れた食器が登録文化財になったのかというと、これらは江戸時代随一の歓楽街だった芝居町の一角にあった、芝居茶屋の跡から出土したものだからです。茶屋といっても、お茶だけを出していたのではなく、お酒や高級料理も提供していました。
この遺跡は江戸時代を通じて町人地で、生活や商売の痕跡など1,000基以上の遺構や、食器類をはじめとした多くの陶磁器のほか、下駄や瓦、銭貨などあらゆる種類の遺物が52,000点、1,500kgを超える量出土しました。これらのうち、307点が登録文化財になりました。
日本橋人形町三丁目の辺りは、徳川家康が江戸に入府した後、沼地を埋め立てて町がつくられた土地です。周辺の町には、江戸時代前期、江戸三座と呼ばれた市村座、中村座の芝居小屋が相次いで建てられました。これら以外にも人形浄瑠璃などの芝居小屋がつくられ、芝居町が形成されていきました。また、それらを取り囲むように多くの茶屋をはじめとした商店も軒を連ね、東側には遊郭の吉原が営業していたなど、一帯は江戸随一の遊興地となりました。そうした土地柄の中、遺跡地は芝居町のうちでも市村座の西隣りであった時期もあり、芝居町の中心に位置していました。大人達が遊ぶ飲食店街の、芝居茶屋特有の立地にあった遺跡です。
出土した陶磁器には色絵が施されたものや贈答品として用いられた鍋島焼などの高級品が多数みられるうえ、釘書(クギガキ)や墨書(ボクショ)により茶屋の屋号とみられる文字が書かれたものも多数出土しました。芝居茶屋では非日常的な空間に江戸の人々も酔いしれたことでしょう。出土した器は、そうした空間に花を添える演出の小道具だったのです。
江戸時代の芝居町が発掘された例は日本橋人形町三丁目のほかにはなく、茶屋に関連するとみられる遺跡の発掘調査についても極めて珍しい事例です。ここから出土した遺物は、当時の賑わいや土地柄を示す貴重なものです。
中央区総括文化財調査指導員
仲光克顕

お問い合わせ

タイムドーム明石(中央区立郷土天文館)
電話:03-3546-5537

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