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中央区民文化財42 椙森神社の富札・富塚の碑(すぎのもりじんじゃのとみふだ・とみづかのひ)

更新日:2022年4月11日

椙森神社の富札の画像
椙森神社の富札

種別

区民有形民俗文化財

所在地

日本橋堀留町一丁目10番2号 椙森神社

員数

1枚(「富札」)
1基(「富塚の碑」)

年代

天保7年(「富札」)
昭和29年(「富塚の碑」)

登録年月日

平成6年4月1日

登録基準

〔1〕ホ、信仰に用いられるもの(祭祀具、法会具、奉納物、偶像類、呪術用具、社祠等)

広報紙コラム「区内の文化財」より(平成26年11月21日号掲載)

年の瀬に見られる宝くじの売り場前の光景は年末の風物詩の一つです。「宝くじ」の名称は、昭和20年(1945)10月に政府が発行した第1回「宝籤」(昭和期には戦費調達を目的に同年7月に「勝札」を発売したが抽選されずに終戦)からのことです。
これ以前は「富籤」「富突」「突富」「富」などと呼ばれて人気を博しましたが、天保13年(1842)3月の富興行禁止(老中水野忠邦による幕政改革「天保の改革」の禁令)から昭和20年まで、公認の富くじが発行されることはありませんでした。
江戸時代の富くじは、興行主が番号記載の富札を販売し、一定期日に公開抽選の上で当選者に賞金を渡すもので、基本的に現在の宝くじと同じ形式でした。また、抽選方法は番号記載の木札が入った木箱を置き、突き役が蓋中央の小穴から錐で突いて引き出すものでした。富くじの起源は、摂津国箕面山瀧安寺(大阪府箕面市の本山修験系単立寺院)で行われた富法会(奉納札を錐で突いて当選者にお守りを授ける)の行事とされています。その後、江戸・大坂・京都を中心に、幕府公認の「御免富」(寺社の維持・修復費用を得るための富興行)が寺社境内で行われ、利潤追求と射幸心とが相まって盛大な興行が催されました。
特に、江戸では谷中感応寺(日蓮宗から天台宗に改宗・護国山尊重院天王寺)・目黒不動(泰叡山瀧泉寺)・湯島天神が「江戸の三富」と称される有名な興行場所でした。なお、中央区内では白はた(旗)稲荷・福徳稲荷・杉(椙)森稲荷・薬研堀不動院・茅場町薬師・新川太(大)神宮などでも行われていたようです。
このうち、椙森神社には天保7年(1836)に境内で興行された御免富の「富札」が伝来しており、境内にも「富塚の碑」(富くじ興行の記念碑)が建立されています。富札(縦15・8センチメートル、横4・4センチメートルの和紙)の表面には、組印「珠」・番号「七千弐百三拾八」・興行日「〔天保七年丙〕申二月廿一日」・興行主と場所「幸手不動院 於杉森稲荷社頭興行」などの情報の他、世話人と想定される割印も押されています。
なお、古文書や古記録をたどると、同社では15回以上の御免富興行(自社での興行や聖徳宗中宮寺・熊野本宮・幸手不動院などの受け入れ興行)が行われていたようです。
中央区総括文化財調査指導員
増山一成

お問い合わせ

タイムドーム明石(中央区立郷土天文館)
電話:03-3546-5537

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