中央区民文化財75 海水館跡(かいすいかんあと)
更新日:2016年9月1日
区民史跡 所在地:佃三丁目26番1・27番(佃三丁目11番19号)
海水館は明治38年に坪井半蔵によって建設された割烹旅館です。当時の月島は東京湾を臨む風光明眉な地であったといわれ、当地に宮城県仙台市の建物を移築して旅館兼下宿を開業しました(建坪130坪、2階建て、24部屋)。閑静な地であったため、明治末期から多くの文学者に執筆場所として利用されました。
島崎藤村は明治40年から海水館において、自伝小説『春』を執筆し、新聞に連載しました。小山内薫は海水館に止宿し、明治44年から『大川端』を執筆しています。
詩人の吉井勇は大正2年から止宿して歌集『毒うつぎ』の創作にはげみ、三木露風は明治45年と大正2年に止宿して、詩集『白き手の猟人』をまとめています。なお、海水館は大正12年の関東大震災で全焼しましたが、その時の石畳みが今も坪井宅に残っています。
海水館は明治から大正年間にかけて著名な文学者が作品を執筆した場所として貴重な史跡といえます。
海水館跡の隣にある記念碑(明治43年、明治学院藤村研究部建立)
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