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「区のおしらせ ちゅうおう」 令和3年6月21日号

区内の文化財

日本橋

国指定重要文化財 建造物 日本橋一丁目から日本橋室町一丁目

日本橋

日本橋川の流れに合わせて上空に高架化されている首都高速都心環状線は、道路整備が不十分であった昭和30年代に都心部の渋滞解消を目的として建設されたものです。この高速道路は、時を同じくして決定した第18回オリンピック東京大会(昭和39年〈1964〉10月)の前年に開通しています。当初から既存の河川上や幹線道路などの公共空間に建設する計画があったため、工期の短縮と工事費の削減を図ることができました。オリンピック開催時には、羽田空港から国立霞ヶ丘競技場や代々木の選手村などへのスムーズな交通により、大会運営に大きく貢献しました。一方で、開通から50年以上にわたる都心部の交通需要を担った首都高速道路は、構造物の老朽化や環境負荷・都市景観の課題なども抱えてきました。こうした中で、2040年の完成に向けて常盤橋門跡(ときわばしもんあと)や日本橋の上空にある首都高速道路(日本橋区間)を地下化する事業が進められることになりました。
平成11年(1999)に重要文化財指定を受けた「日本橋」は、第1に土木技術者・建築家・美術家(彫刻家)が協同した装飾橋梁の代表作であり、橋梁本体と和漢洋折衷の装飾との調和がとれた「意匠的に優秀なもの」である点が評価されています。そして、第2には明治44年(1911)に竣工した石造二径間連続アーチの橋梁として、当時の技術的な達成度を示す貴重な遺構(「技術的に優秀なもの」)であることが認められています。
中でも、橋上に配置された装飾台には、象徴的な彫刻像(東京市章を抱える獅子・柱座左右に蹲踞(そんきょ)する麒麟(きりん))や鋳銅製の用材で施した各種装飾(宝珠(ほうじゅ)や火袋(ひぶくろ)飾りがある花形ランプ・獅子面や松榎(まつえのき)紋の浮き彫り装飾がある方錐柱)が散見され、側面アーチ部の要石(かなめいし)にも獅子面を施すなど、川面からの正面性をも意識した壮麗な橋が形成されています。また、交通の要の橋であることを考慮した15間(約27m)の広い幅員(10間車道の中央に17尺〈約5m〉幅の電車敷と各2間半〈約4.5m〉の歩道)と27間(約49m)の橋長を持つ、明治期を代表する重厚華麗な道路橋となっています。特に、アーチライズが低い扁平(へんぺい)的な構造が特徴的な日本橋は、橋台や橋脚などの表面に花崗岩(かこうがん)を積み、内部にはレンガとコンクリートを充填(じゅうてん)させるなど、耐荷重に配慮した橋体にも特徴があります。さらに、杭打ちやジャッキなどの技術を欧米から導入し、工期4年(第1期から4期工事)の短期間で開通させた施工技術の高さも秀逸です。なお、昭和42年(1967)の都電廃止に伴って、橋面中央から北西の橋詰広場に移設した「東京市道路元標(げんぴょう)」(電車の架線支持柱を兼ねた元標)も貴重な文化財として附(つけたり)指定を受けています。

中央区教育委員会 学芸員
増山一成

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