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区のおしらせ 中央
令和元年5月21日号

区内の文化財

住吉神社「佃嶋住吉御社再建仕法書(つくだじますみよしおんしゃさいけんしほうしょ)」版木

区民有形文化財 歴史資料 佃一丁目1番14号 住吉神社

「佃嶋住吉御社再建仕法書(つくだじますみよしおんしゃさいけんしほうしょ)」版木
▲「佃嶋住吉御社再建仕法書」版木

デジタルデータを集約して用紙に直接印刷する方法が取られる今日とは異なり、文字・図・模様などを彫った木製の版(はん)(和紙などの被印刷体に転写させる面のある用具)に馬連(ばれん)(版木上に当てた紙をこする用具)を使った手業(てわざ)で何枚も印刷物を摺り上げていた時代がありました。特に、板彫りの木版を用いた浮世絵版画の制作が盛んであった江戸時代には、代表的な名所の集積地であった現在の中央区内を描いた作品が数多く摺(す)られています。また、ニュース性のある記事などを一枚摺りにした瓦版(かわらばん)、神社・寺院の御神札(おふだ)や護符(ごふ)、お札(さつ)(藩札・寺社札・私札など)、商品広告の引札(ひきふだ)など身近な印刷物も版木を用いて摺られていました。なお、日本の版木は山桜(やまざくら)や黄楊(つげ)などの板材が主に用いられていたようで、版下を作る絵師(えし)、版木を彫る版木師(彫師(ほりし))、色を付ける摺師(すりし)の分業体制で制作されていました。
佃一丁目の住吉神社には、「佃嶋住吉御社再建仕法書」と題する3枚組の版木が残されています。表題が示す通り、この版木は同社の縁起とともに、社殿再建に係る奉納金とその集金方法などが彫り込まれたものです。3枚目の版木には、天保6年(1835)5月の銘が彫り込まれ、制作主体である住吉神社宮司・平岡日向守(ひゅうがのかみ)を筆頭に、世話人の白木(しろき)彦太郎(日本橋通一丁目の呉服・木綿問屋)・藤木次兵衛(日本橋通二丁目の塗物問屋)、十組(とくみ)(問屋)の金助といった名前が確認できます。また、表題を刻した1枚目の版木両面には、「重政画」の銘から二代北尾重政の制作と想定される佃島沖の風景画も施されています。
板目の版木両面に彫刻された3枚の木版には、左右反転した状態で文字や風景画が彫り込まれていますが、その内容を読み解くと、国家万民の安穏と海上安全の守護社である住吉神社を修復・再建してきた歴史が説かれています。特に今回は、二度の類焼(文政12年〈1829〉と天保5年〈1834〉の火災と推定)のために社殿再建が必要となり、十組問屋仲間(白木屋が世話人)一株に付き日掛銭(ひがけせん)四銅(四文銭カ)ずつ5年間の積立金奉納を行うことが刻まれています。
住吉神社の版木は、十組問屋仲間からの篤い信仰を集めていた事実とともに、度重なる火災被害の様相や社殿再建・修理の経費調達に関わる当時の状況がうかがえる貴重な文化財となっています。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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