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区のおしらせ 中央
平成31年1月21日号

区内の文化財

八丁堀三丁目遺跡内 朗惺寺跡出土 蔵骨器 附 瀬戸・美濃産陶器鳴海織部向付

区民有形文化財 考古資料 区有施設(文化財倉庫)

第6号蔵骨器(B)〈瀬戸・美濃産陶器〉
▲第6号蔵骨器(B)〈瀬戸・美濃産陶器〉

品川区小山に所在する日蓮宗寺院・興栄山朗惺寺は、400年以上前に八丁堀で創建された寺院です。当寺は明暦3年(1657)の大火後に進められた江戸城と城下の復興整備に伴って、芝二本榎町二丁目(現在の港区高輪)へ転出(現在地には明治43年に再移転)するまで八丁堀の地にありました。なお、朗惺寺の跡地からは近世初頭の木製供養経文・こけら経(区民有形文化財 考古資料)をはじめ、数多くの出土遺物や遺構が検出されています。
今回の文化財は、調査年および調査地点が異なる八丁堀三丁目遺跡(昭和61年実施の一次調査と平成13年実施の二次調査)から出土した蔵骨器です。一次調査では概ね朗惺寺旧寺域の北西隅、二次調査では北東隅に位置する地点を調査しており、いずれも江戸時代初期の朗惺寺墓域から墓制・葬制の様相がうかがえる遺構や遺物が確認されました。このうち良好な遺存状態で出土した23点(一次調査11点・二次調査12点)の蔵骨器を文化財として選定しました。主に火葬後の骨灰を納める蔵骨器(骨蔵器とも、通称では骨壺)は、古代以降に火葬の普及に伴って製作・使用された容器(時代や被葬者の身分階層などによっても材質・器形の違いがある)ですが、実は他の容器を転用する場合が数多くあります。
八丁堀三丁目遺跡で出土した蔵骨器には、そのほとんどに火葬骨が納められており、一部には副葬品と思われる銭貨が内容物として確認されています。また、文化財登録に至った蔵骨器の産地や材質などの分析結果によると、一次調査の資料からは常滑産器の壺を中心に、瀬戸・美濃産陶器の壺(双耳壺・四耳壺など)、信楽産陶器の四耳壺、伊賀または信楽産陶器の水指(茶道具の転用)などが、二次調査の資料からは瀬戸・美濃産陶器の壺(双耳壺・三耳壺など)を中心に、常滑産器の壺や甕、信楽産陶器の四耳壺などが確認されています。なお、本来は実用的な葉茶壺(碾茶〈葉茶〉の保存容器)として用いられていた陶器壺(信楽産や瀬戸・美濃産)の転用が散見される他、小皿(江戸在地産の土師質土器)・香炉(瀬戸・美濃産陶器)・小壷(肥前産磁器)を蓋に用いるなど、多様な器種の転用事例がみられました。これらの蔵骨器は、一次調査で出土した諧調豊かな茶陶の鳴海織部向付(瀬戸・美濃産陶器)とともに貴重な文化財といえます。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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