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区のおしらせ 中央
平成30年11月21日号

区内の文化財

為替バンク三井組柱頭

区民有形文化財 建造物 京橋二丁目16番1号 清水建設株式会社

為替バンク三井組柱頭
▲為替バンク三井組柱頭

今から150年前の1868年は、明治天皇の詔書によって「江戸」が「東京」と改称され、年号も「慶応4年」から「明治元年」とする明治改元の詔が発せられました。そして近代的な国家建設を目指す明治政府は、いち早く貨幣・金融制度の改革に着手しました。なかでも、旧幕府時代に呉服や為替の御用を引き受けていた三井家(越後屋呉服店・三井両替店)は、明治維新に際して新政府側に加担したこともあり、明治政府の財政金融・官金取り扱いを引き受ける会計事務局御為替方(三井組)に任じられました。
さらに、独自の銀行創設を目指していた三井組は、明治5年(1872)に兜町の海運橋橋詰へ木骨石張り5階建ての三井組ハウス(設計・施工は清水店〈清水建設株式会社の旧称〉二代清水喜助)を完成させました。しかし、政府の要求で建物を譲渡(国立銀行条例に基づく三井・小野両組による日本初の銀行「東京第一国立銀行(現在のみずほ銀行の前身)」として発足)したため、これに代わる建物として駿河町(現在の日本橋室町二丁目1番)に「為替バンク三井組」が建てられました。
明治7年(1874)に竣工した為替バンク三井組(設計・施工は二代清水喜助)は、屋根頂部に青銅製の鯱(高さ4尺5寸)を据えた木造漆喰塗り3階建ての土蔵造りで、和風の構造・意匠を持ちながらもポーチやベランダにはコリント式の列柱やアーチ形の窓を配するなど洋風建築の様式が取り入れられていました。この建物は、明治9年に私盟会社三井銀行として営業が開始され、駿河町三井本館(旧三井本館)への建て替えに伴う解体(明治30年〈1897〉)まで利用されていました。
なお、解体された為替バンク三井組の装飾部材の一部は、現在も清水建設株式会社に保管されています。この遺物は、建物1階ポーチまたは2階ベランダ部分を支えていた列柱の柱頭部にあたる欅製の装飾部材(コリント式の柱頭〈上部径66.9cm・下部径33.3cm・高さ44.8cm〉)で、華麗で優美なアカンサスの葉飾りが彫刻されています。特に、西洋建築の意匠を忠実に模した木製装飾柱頭としての造形や制作時の自然な刀痕が良好に保たれている点に特徴があります。この文化財は、石造による西洋建築の意匠を木材で造作した明治初期の工匠の高度な技術や彫刻表現が読み取れる貴重な資料です。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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