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区のおしらせ 中央
平成30年4月21日号

区内の文化財

東京薬事協会所蔵文書

区民有形文化財 歴史資料 日本橋本町三丁目4番18号

東京薬事協会所蔵文書
▲東京薬事協会所蔵文書(嘉永6年〈1853〉「定」)

商業施設COREDO室町の高層ビルが立つ日本橋室町二丁目には、医薬の祖神(大己貴命・少彦名命)を祀る「薬祖神社」が鎮座しています。無病健康・病気平癒のご利益があるとされる当神社は、平成28年に東京薬事協会が入るビルの屋上から「福徳の森」(日本橋室町二丁目5番)内の新社殿へと遷座しました。境内を囲む玉垣(石製の境界柵)には、寄進者である製薬会社の刻銘が数多くあり、医薬関係者の篤い信仰を集めていることがわかります。なお、薬祖神社の場所は、享保7年(1722)から元文3年(1738)に和薬種改会所(和薬種の真偽・品質検査機関)が置かれていた伊勢町の一角に当たり、町のすぐ北は薬種問屋が軒を連ねる本町三丁目(概ね現在の日本橋室町二丁目4番・同三丁目3番および日本橋本町二・三丁目の各1番)と隣接していました。
旧本町三丁目を中心とする周辺一帯は、江戸・東京における薬種集散市場として繁栄してきましたが、主に近代の災害(関東大震災や空襲被害)を契機として街区や町割りが変容するとともに、多くの記録・文書類も被災しました。こうした状況の中、東京薬事協会(明治17年〈1884〉結成の「東京薬種問屋組合」が嚆矢)では、江戸時代以降の薬種取引に関わる歴史資料の収集・保管を図ってきました。このうち、特に貴重な資料40点(近世文書4点・近代文書36点)が文化財となっています。近世文書には、享保10年(1725)の「演説」(薬種問屋会所による取引正常化を図る廻状)や嘉永6年(1853)の「定」(薬種問屋仲間の取り決め7カ条〈毒薬・贋薬・疑わしい薬種の売買禁止など〉を記した法度書)、嘉永7年の「諸商人御用金之写」(幕府に上納した御用金と商人名を書上げた写し)があります。また、近代文書には、明治期の「東京薬種問屋組合加盟証」や東京府交付「薬種商営業免許鑑札」および内務大臣交付「薬舗開業免許写」、大正期の「東京薬種貿易商同業組合信認金領収書」や「東京薬種貿易商同業組合員名簿」(大正11年から昭和4年まで)があります。この他、昭和期の金銭領収帳簿「判取帳」(薬種問屋ごとに異なる証印)や組合員相互の信用取引で用いた付込帳「設利帳」(薬品名の値段は符丁)などもあり、取引の実態がわかる貴重な資料群となっています。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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