中央区民文化財を新たに2件登録しました 4月1日

更新日:2014年4月3日

 中央区では平成26年4月1日付けで中央区民文化財として「越後屋文書」及び、「八丁堀三丁目遺跡内朗惺寺跡出土蔵骨器 附 瀬戸・美濃産陶器 鳴海織部向付」を登録しました。今回の登録により、中央区民文化財の登録件数は91件、指定件数は4件になります。
 中央区民文化財とは、区の歴史や文化に深い関わりを持つ文化財を登録し、うち区にとって特に重要なものを指定することにより、その保存・活用を図ることを目的としています。

登録番号第91号
登録名称 越後屋文書
登録種別 中央区民有形文化財 歴史資料
所 在 地 銀座二丁目6番5号
所 有 者 株式会社越後屋
概  要  本資料は銀座二丁目に所在する、江戸期から呉服商を営む株式会社越後屋が所蔵する古記録及び広告類です。越後屋所蔵の本資料は、安政6年(1859)の「大宝恵(おぼえ)」という帳簿を最古とし、近代を中心に総数64点が確認されています。安政6年の「大宝恵」1点、近代の帳簿が6点、明治42年(1909)の店規則1点、明治生まれの番頭の記録類3点、関東大震災前後の家屋履歴書とその添付図面5点、また大正期とみられる店内や従業員の写真が数点あり、それ以外に近代の店の売出し案内状や広告類などが多数残ります。
本資料は江戸期から続く銀座の商店の古記録類であり、そこから店の経営や年中行事などの実態に加え、明治期から昭和中頃に至るまでの銀座のまちの様相を読み取ることも可能です。銀座は明治期以降急速に発展したまちであり、煉瓦街建設をきっかけとして多くの商店や住人が入れかわりました。その中で越後屋は江戸期から当地で商売を続けている老舗であり、江戸期まで遡る資料を所蔵している希少な存在です。こうしたことから、本資料は銀座の商店及びまちの歴史をたどる上で重要な資料です。

写真 越後屋文書
写真 越後屋文書

登録番号第92号
登録名称 八丁堀三丁目遺跡内朗惺寺跡出土蔵骨器 附 瀬戸・美濃産陶器 鳴海織部向付
指定種別 中央区民有形文化財 考古資料
所 在 地 築地四丁目15番1号 築地社会教育会館地下文化財倉庫 
所 有 者 中央区
概  要  本資料は、昭和61年2月から3月にかけて実施された八丁堀三丁目19番(一次調査)及び平成13年9月から同年12月にかけて実施された八丁堀三丁目20番(二次調査)における発掘調査で日蓮宗の興栄山朗惺寺(ろうせいじ)の墓域より出土しました。これらは、陶磁器・土器による蔵骨器であり、主に火葬骨を納めて埋葬されたものです。
本遺跡では、他に木製のものも認められますが、遺存度、保存状態の良好な陶磁器・土器(土器は蓋1点のみ)について、一次調査では11点、二次調査では12点の合計23点を選別しました。また、本遺跡出土の蔵骨器には蓋が残っていたものも多く、蔵骨器に含めました。また、一次調査における墓地の下層面より出土した、ほぼ完存の瀬戸・美濃産陶器で、茶陶に用いられたと考えられる鳴海織部の向付1点を附としました。
儒教思想の影響により、火葬から土葬へと転換して行く近世はじめころの埋葬方法の移行を知るうえで、火葬墓のあり方は欠くことのできない要素であり、中でもそれが端的に現れる蔵骨器は重要な資料です。御府内でも、更にその中心域である江戸城の郭内(浅草橋御門など、城門の内側の範囲)において、近世はじめころの寺墓が発掘調査された例は稀少です。
なお、附の鳴海織部の向付は、当時の寺院における文化の一端を示す資料であり、中央区内ではほぼ完全な状態の資料として唯一のものです。

写真 八丁堀三丁目遺跡内朗惺寺跡出土蔵骨器 附 瀬戸・美濃産陶器 鳴海織部向付
写真 八丁堀三丁目遺跡内朗惺寺跡出土蔵骨器 附 瀬戸・美濃産陶器 鳴海織部向付

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