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日本橋浜町地区

更新日:2006年3月15日

地図 日本橋浜町地区

旧町名とその由来
町名 由来
日本橋村松町 名主の村松源六が起こした地で、その姓をとって町名としました。
日本橋若松町 村松町から分かれたため若松の名にしました。
日本橋矢ノ倉町 地名の由来は定かではありませんが、昔、軍用の矢を納める倉が立ち並んでいたという説があります。
日本橋両国 武蔵・下総両国を結ぶ両国橋に由来します。
日本橋橘町 江戸時代初期に京都西本願寺の別院があり、その頃、門前に立花を売る家が多く立花町としましたが、後に橘町に改めました。
日本橋薬研堀町 隅田川べりにあった堀で、薬研(薬種を細かく砕く船形の器具)に似ていたことから、薬研堀といい、町名となった説があります。
日本橋米沢町 正保(1644年から1647年)の頃米蔵がありましたが、元禄11年(1698年)火災により焼失しました。その後、米蔵を築地に移し、その跡地を米沢と称しました。
現在の町名の由来
町名 由来
日本橋馬喰町 天正年間(1573〜1591年)博労頭高木源兵衛・富田半七らが住んでいたという記事がありますが、それが町名の由来であるのか明らかではありません。
日本橋横山町 町名の由来は明らかではありませんが、永祿2年の『小田原役帳』に、石井某の知行として、五貫三百文・江戸横山分とあることから、そのころすでに一村落を成していたようです。
※ 知行=武士の俸禄として支給された領地
東日本橋 住居表示の実施により生まれた町名です。
日本橋久松町 もとは村松町の一部でしたが、元和3年(1617年)に分けて一町となりました。町名の由来は、明らかではありません。
日本橋浜町 昔は海浜の面影を残していたため、浜町の名が生じたといわれていますが、俗称であったようです。
日本橋中洲 町名の由来は明らかではありませんが、水路を隔てて大川(隅田川)へ築き出した市街地で、荻が群生する洲だったことから、この名が生まれたようです。

お問い合わせ

【問合せ先】
 建築課調査係
 電話03-3546-5453

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