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区のおしらせ 中央
平成30年1月21日号

区内の文化財

明石町遺跡内 築地外国人居留地445号遺構出土遺物 附556号遺構出土クレイパイプ

区民有形文化財 考古資料区有施設(文化財倉庫)

写真:明石町遺跡445号遺構出土遺物(一部)
▲明石町遺跡445号遺構出土遺物(一部)

私たちが生活している土地には、過去の人類が残した営みの痕跡が埋蔵されている場所「遺跡」があります。主に江戸時代以降の埋め立てによって形成された中央区では、発掘調査によって土地に埋蔵されている江戸遺跡の発見やその構成要素である遺構(建物礎石・柱穴・上下水施設・石組・穴蔵・ごみ穴などの痕跡)・遺物(木製品・金属製品・陶磁器類・瓦などのモノ)が数多く検出されています。なお、これらは文化財保護法に基づき、文化財の価値を有する保護対象の埋蔵文化財として位置付けられています。
中央区内では、130カ所以上の遺跡地(埋蔵文化財包蔵地)が確認されており、関連する出土遺物の保存や展示活用なども図られています。今回の文化財は、築地外国人居留地の痕跡が確認された場所「明石町遺跡」(明石町1番6号)から出土した遺物107点です。17世紀中期以降に埋め立てられた当該地(「鉄砲洲」と称された一画)は、江戸時代を通じて武家地でしたが、明治元年11月19日の東京開市で設定された外国人居留地(現在の明石町一帯)の一部となりました。居留地としての痕跡は、主に整地工事が完了する明治3年(1870)から居留地が廃止された明治32年(1899)までの時期で、遺跡地が築地外国人居留地45・46・47番に該当し、所有者の変遷や居留地時代の遺物類が確認できました。まず、46番が明治3年に英国人A.D.ヘーヤの所有・居住地となり、同5年に仏国人アハーブルへ譲渡、同8年には仏国人サンド・マルチドへと所有権が移譲されました。45・47番についても明治15年(1882)にマルチド(代表を務める仏国耶蘇童貞教会〈サン・モール会〉)の所有が確認されています。特に、46番の生活面から検出されたごみ穴(445号遺構)には、国産の陶磁器類の他に、西洋産の食器類やガラス製品(ティーカップ・ソーサー・銅版プリントのある軟質磁器皿・ジンボトル・ワインボトル・ソーダボトルなど)や調理時の切断痕と推定される牛骨などが大量に廃棄されていました。これらの出土遺物は、パリ製造の銘が残るクレイパイプ(556号遺構出土)とともに外国人居留地特有の重要な考古資料です。

中央区総括文化財調査指導員 増山一成

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