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区のおしらせ 中央
平成29年12月21日号

区内の文化財

佃島沽券絵図 控

区指定有形文化財(古文書)築地三丁目16番12号金子家所蔵

佃島沽券絵図 控
▲佃島沽券絵図 控

隅田川河口という立地から親水性の高い環境にある佃地区は、昭和40年(1965)に住居表示が施行(昭和37年〈1962〉制定の「住居表示に関する法律」に基づいて実施)されるまで「佃島」「新佃島西町」「新佃島東町」の旧町名が使用されていました。この法律は、全国的な市街化の流れの中で、従来の地番(土地一筆ごとに付する番号)による土地の特定が困難となり、新しく建物を住居表示(町名・街区符号・住居番号)で表すようにしたものです。
佃地区は町名変更から約50年が経過したものの、佃島築造(正保元年〈1644〉)以来の土地(佃一丁目1から10番辺り)は、殊の外歴史的な情緒を漂わせています。氏神として鎮座する住吉神社や隅田川から入るかぎの手状の佃堀、漁師町の名残が残る伝統的な町家建築や老舗の佃煮店など、歴史の面影が散見されます。実のところ、江戸時代の佃島を正確に記録した史料は少ないのですが、信憑性・記録性の高さでは群を抜く文化財・佃島沽券絵図が残されています。この史料は、佃島の地籍図と島内町屋敷の土地台帳を兼ねたもので、町名主(佃忠兵衛)が宝永7年(1710)8月に作成し、町奉行所へ提出した沽券絵図の控として伝来したものです。
絵図にみる佃島の形状は、住吉神社が鎮座する西側の方形の島と東側の長方形の島とが小橋(佃小橋)で結ばれた形です。大川(隅田川)からの舟入堀が方形の島をコの字形に巡り、大川端には渡し場(渡舟場)や舟かけ場、東北隅には舟置場などもあります。海波線で強調された波立つ海上や島の西・南・東岸に築かれた石積みの護岸、そして北東岸の水辺に群生するアシの細密な描写など、非常に手の込んだ絵画的表現にも特徴があります。また、住吉社地を除く島内35筆の地割には、各地所の地主ないし家守の署名押印と表幅・裏幅・裏行の間尺および坪数・沽券高・小間高などが詳細に記されています。
なお、渡船場に最も近い西側の第1列北から3筆目(摂州佃村地主・八右衛門)と4筆目(佃島居付地主・忠兵衛)は、島内でも特に地価の高い(小間当り11両)中心的な土地とみられ、本絵図からは土地所有の様相も含めて当時の貴重な情報が読み取れます。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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