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区のおしらせ 中央
平成29年10月21日号

区内の文化財

江戸三座入場券

区指定有形文化財(考古資料)明石町12番1号 郷土天文館

写真:江戸三座入場券
▲江戸三座入場券

歌舞伎座(銀座四丁目)・明治座(日本橋浜町二丁目)・新橋演舞場(銀座六丁目)などの大劇場が立地する中央区は、多彩な舞台芸術が鑑賞できる芝居(演劇)のまちでもあります。古くは社寺境内で行われる芸能見物のための芝生の座席を意味した「芝居」ですが、今では歌舞伎芝居などの演劇・作品・演技、そして見物席を含めた劇場といった広い意味で用いられています。
中央区における演劇の歴史をたどると、江戸で最初の歌舞伎芝居興行地となった中橋の南地(現在の京橋一丁目1番・10番辺り)における寛永元年(1624)の猿若座(後に「中村座」と改称)興行が知られています。江戸歌舞伎の発祥とされるこの興行が端緒となり、後に見物客でにぎわう堺町・葺屋町(現在の人形町三丁目)や木挽町五丁目(現在の銀座六丁目)などの芝居町が江戸城下に形成されました。
今回の文化財は、日本の代表的な古典演劇である歌舞伎と縁の深い中央区ならではの考古資料・江戸三座の木製入場券です。江戸三座(正徳4年〈1714〉の絵島生島事件で山村座が廃絶するまでは四座)とは、幕府から官許の大芝居(町奉行支配下にある常設の芝居小屋)として興行権を与えられた中村座(中橋南地、禰宜町、上堺町、下堺町〈後の堺町〉と移転)・市村座(上堺町〈後の葺屋町〉の村山座から改称)・森田座(木挽町五丁目)を指します。
なお、江戸には小芝居・宮地芝居(寺社奉行支配下の芝居小屋)と称される臨時(百日)興行の名目で許可されたものも散在していました。
発掘調査で出土した中村座・市村座・森田座の入場券は、それぞれ日本橋一丁目・日本橋二丁目・京橋二丁目の遺跡から発見されており、木札表面には観客席を意味する墨書(中村座は「土間」、市村座と森田座は「切落」)が確認できます。江戸時代中期頃の客席には、劇場東西の上等席である桟敷、舞台正面の広い空間を占める土間(木材で仕切った升席)、花道後部脇の切落し(仕切りのない追込み席)などがあり、木戸(観客の出入口)で引き換えた当該入場券(木戸札)を手に客席へと急ぐ芝居好きの江戸庶民の姿が浮かんできます。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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