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区のおしらせ 中央
平成29年9月21日号

区内の文化財

日本橋魚市場絵図面

区指定有形文化財(古文書)築地三丁目16番4号 金子家所蔵

魚市場納屋板舟絵図面(部分)
▲魚市場納屋板舟絵図面(部分)

日本のみならず世界に知られる築地(TSUKIJI)は、魚市場や鮮魚を連想させる地名であり、多くの観光客が訪れる名所でもあります。特に、築地五丁目の築地市場(外部サイトへリンク)(面積約23万平方メートル)は、世界最大級の水産物取扱量・出来高を誇るだけに、食材も人も数多く集散する活気に満ちた場所です。昭和10年(1935)の開場から80年以上にわたって中央卸売市場の役割を果たしてきた築地市場(外部サイトへリンク)は、目下、豊洲地区への移転が計画されています。
関東大震災以前は、鮮魚類の荷揚げや取引の中心が日本橋川北岸の河岸地(築地市場(外部サイトへリンク)から約2.5km北の日本橋魚河岸)にあり、それまではこの魚河岸が江戸・東京の代表的市場として機能していました。なお、生鮮魚類や塩干物を取引する魚市が立った場所は、河岸地をはじめ本船町・按針町・長浜町・本小田原町の広範囲(現在の日本橋室町一丁目と日本橋本町一丁目一帯)に及んでいました。特に、日本橋川北岸の河岸地に面した場所は荷揚げの利便性から魚市場の中枢部分に当たり、狭義の「日本橋魚市場(魚河岸)」といえば日本橋川北岸の魚河岸と本船町の表店周辺を指す意味で用いられました。
今回の文化財は、江戸時代後期の日本橋魚市場における売場構造や権利関係を記した絵図面(巻子本〈巻物仕立ての書物〉3巻)で、活況を呈した魚市場の中心を克明に記した史料です。中でも、外題に「魚市場納屋板舟絵図面」の書き題簽(表題を記した紙片)がある巻子(本紙縦45.5cm、横4m59cm)は、冒頭に徳川家康の関東入国(1590年)以来公認されてきた魚市場と納屋建築の変遷を記した由緒書(「肴納屋由緒」)があり、日本橋から江戸橋に至る河岸端の桟橋(12カ所)、魚介類を一時保管する河岸沿いの裏納屋と売り場の表納屋(50軒)、上水井戸(25カ所)、本船町の表店と往還にせり出した見世棚(126カ所)の記載とともに、各所の権利者名や間口尺数が事細かに記されています。
絵図面には漁獲物をのせて売買した「板舟」(幅2尺3寸〈約70cm〉・長さ5尺〈約150cm〉ほどの平板)の記載はありませんが、狭小な3尺間口が多い見世棚からして板舟が所狭しと並んでいた事は想像に難くありません。日本橋魚市場の希少な絵図面からは、肩擦り合う魚河岸の雑踏と威勢の良い商いが行われていた頃の様子が伝わってきます。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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