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区のおしらせ 中央
平成28年6月21日号

区内の文化財

小津商店江戸店営業関係用具類

区民有形民俗文化財 日本橋本町三丁目6番2号 小津和紙博物舗

写真:小津商店江戸店営業関係用具類(千両箱)
▲小津商店江戸店営業関係用具類(千両箱)

前号では、堀留町一丁目(現在の日本橋本町二丁目7番)で紙問屋「湊屋」を営んでいた服部家の文書を紹介しました。伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)に本家を持つ服部家の江戸店は、伊勢商人共通の合理的な方式で商売を軌道に乗せて繁盛しました。
服部家が江戸店を構えた北側には、江戸時代初期に日光・奥州街道の道筋として整備された本町通りがあり、この通り沿いの両側町であった大伝馬町一・二丁目(現在の日本橋本町三丁目・日本橋大伝馬町)は江戸屈指の商業地でした。特に、大伝馬町一丁目は、伊勢商人を中心とする木綿問屋街(通称「木綿店」)が形成されており、重厚な商家の家並みや繁華な往来の様子を題材とする作品(絵画・文芸など)も数多く残されています。
現在の中央区エリアは、江戸・東京における商業空間としての町が点在し、数多くの商家が立ち並び、商人たちが活動する中心地でもありました。こうした環境の中で、度重なる自然・人的災害(火災・地震・経済危機・戦争など)をも乗り越えながら、代を重ねて永続的な繁栄を続けてきた老舗企業が区内には散在しています。
日本橋本町三丁目にある和紙専門店・株式会社小津商店もその一つで、江戸時代前期の承応2年(1653)に伊勢商人・小津清左衛門が大伝馬町一丁目の地で紙商を創業して以来、今日まで営業を続けてきた区内でも屈指の老舗です。なお、創業地である本町通り(旧街道筋の目抜き通り)の角地に江戸店(伊勢店)を構えてから360年以上にもわたって同じ場所で店を張り続け、古文書をはじめとする多くの歴史資料も所蔵(小津本館ビル2階の「小津史料館」で一部を展示公開)しています。
所蔵資料には、江戸店および小津本家(伊勢)伝来の千数百点に上る商業関係文書(中央区民文化財)があります。こうした資料からは、伊勢商人独自の経営・執行体制や雇用慣行の実態、複数の商品(紙・綿・茶・下り鰹節など)を取り扱う多角経営や店舗拡充(大伝馬町一丁目の江戸本店〈紙問屋を主軸に繰綿問屋などを兼業〉、本店の隣に創業した木綿店、本町四丁目に創業した向店〈紙問屋〉)の様子などが読み取れます。また、明治新政府の成立期には、財政基盤の安定と内外商業の振興を図る政府の商業政策に対する多額の出資(三井組・小野組・島田組・小津などの有力富商が協力)や官製商社の要職などに就く一方で、正常な和紙取引と円滑な流通を目的とした和紙問屋仲間「己卯壱番組紙問屋仲間(己卯組)」の結成(明治12年に第1次組合を結成し、明治17年に第2次組合を再結成)に尽力し、指導的役割を担っていたことも確認できます。
その後、関東大震災による被災と再建、昭和期の法人組織化による合資会社としての新発足(昭和4年)や株式会社への組織変更(昭和14年)などがありましたが、紙問屋・小津(屋)清左衛門として商売を営んでいた頃からの用具類が今日まで保管されています。
文化財の江戸店営業関係用具類は、江戸時代後期から昭和初期にかけて使用されていた9品目合計15点(算盤5丁、算盤収納〈5段〉箱1点、御門鑑札2点、鋳鉄製焼印「東京己卯壹番組紙問屋印」「うろこきゅう小津」の2点、御用金御請取証文箱1点、御鑑札・株札箱1点、千両箱1点、印鑑箱1点、引き出し〈2段〉付き印鑑箱1点)があり、伊勢商人による江戸(東京)店商売の一端を伝えています。これらの文化財は、商いに対する厳しい倫理と有形無形のモノを大切にする商人精神が垣間見られる貴重な資料といえるでしょう。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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