中央区ホームページ
広報紙「区のおしらせ 中央」へ戻る この号の目次へ戻る

本文ここから
区のおしらせ 中央
平成27年9月21日号

区内の文化財

佃島渡船関係文書

区民有形文化財 古文書 明石町12番1号 郷土天文館

写真:佃島渡船関係文書
▲佃島渡船関係文書

正保2年(1645)から昭和39年(1964)までの約320年にわたり、佃島(現在の佃一丁目)と隅田川対岸の船松町(湊町三丁目を経て、現在の湊三丁目)との間は渡し船で結ばれていました。この船渡しは、時代とともに手漕ぎから曳船渡船へと変容しながらも、人々の生活(住民や工場通勤者など)に必要不可欠な交通機関として大いに利用されていました。
佃大橋(佃一丁目と明石町を結ぶ橋梁)の竣工に伴って廃止された「佃の渡し(佃島渡船)」ですが、かつての渡船場跡地には往時の歴史をしのばせる石碑(昭和2年〈1927〉建立の石碑2基)が残されています。また、佃島渡船に関係する史料については、佃島漁業協同組合に保管されていた明治後期から大正期の記録が現存しています。
今回の文化財・佃島渡船関係文書(7点)は、旧佃島渡船事務所の記録文書として取り扱われていたものです。このうち、運営費用に関する出金簿「佃島共有渡船出金帳」(明治33年7月から同40年6月)には、佃島渡船事務所における一日ごとの入用諸雑費の品目・金額などが記載されています。この史料には、白米・飲料水・筆・ランプ・マッチ・付木・炭・酒などの代金が明記されているため、明治後期頃の消費や物価などを知ることができます。
また、月ごとに集計された渡船賃入金簿「佃島渡船賃入金帳」(明治37年1月から同41年12月)や「渡船金収入帖」(明治44年4月から大正3年8月)をみると、年間の繁忙期が春の花見や夏の夕涼みの時期と連動している点が見て取れます。この他にも、船夫の勤怠や交通費などの細目を集計した給料明細簿「船夫給料支払内訳・毎日の勤怠」(大正9年1月から同年9月)、昼夜間の渡船収入などを集計した「金銭収入簿」(大正11年1月から同年12月)などがあり、年間を通した渡船利用者の推移や事務所運営の実情を把握することができます。
特に佃島渡船事務所の入用雑費などを記した出金帳簿「渡船出帳」(大正12年1月から同年12月)には、佃島における日常生活(年中行事・祭礼・入営・婚姻・出産・葬祭など)に関する記載や関東大震災(大正12年9月1日)発生当時の記述もみられます。
佃島渡船関係文書は、明治・大正期の渡船利用や運営状況にとどまらず、当時の社会状況や佃島の風俗習慣などをも読み取ることができる貴重な文化財となっています。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

本文ここまで

以下 奥付けです。

Copyright (c) Chuo City. All rights reserved.