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区のおしらせ 中央
平成27年6月21日号

区内の文化財

絹本着色日本製菓子鋪榮太樓本店製造塲略図 附 写生帖

区民有形文化財 歴史資料 日本橋一丁目2番5号 株式会社 榮太樓總本鋪

絹本着色日本製菓子鋪榮太樓本店製造塲略図
▲絹本着色日本製菓子鋪榮太樓本店製造塲略図

"日に千両の落ちどころ"と称された日本橋魚河岸では、江戸時代から大正末期(関東大震災後の昭和10年に築地市場(外部サイトへリンク)開場)まで活気に満ちた朝市が開かれていました。
今回の文化財は、日本橋の地で和菓子を商う老舗・榮太樓總本鋪に伝来する資料です。同鋪は幕末の頃に日本橋の袂で金鍔焼の屋台見世を出し、魚河岸に集まる魚商人たちの評判を呼んで大いに繁盛したといいます。そして安政4年(1857)には、屋号を「榮太樓」とし、日本橋川南西の西河岸町(現在地)に独立店舗を構えて今日に至っています。
榮太樓總本鋪伝来の資料には、題簽に「日本製菓子鋪榮太樓本店製造塲略図」とある巻子と、題簽に「製菓」(包紙には「スケッチ冊」)と記された和装本があります。巻子を紐解くと、臨場感溢れる巧みな構成と精緻な筆遣いによって、榮太樓工場内での菓子製造の工程作業が描かれています。本図には、画面右手にこんこんと湧き出る井戸水があり、この周囲で羊羹製造に伴う製餡や加工作業に精を出す職人の姿が生き生きと描かれています。また、画面中央には金時大角豆を蜜煮して「甘名納糖」を製造する職人、左手前には求肥(柔軟で弾力のある求肥飴)を練る職人や細工菓子の製造、左奥には棒状の飴を鋏で切って指でつまんで整形する「梅ぼ志飴」の製造に携わる職人なども見られます。なお、和装本は本図に描かれている個々の作業をスケッチした写生帖となっています。
本図の制作者は、巻子装の本紙に署名された款記(書画作成の際に記した姓名・字号など)や写生帖の記述から、日本画家・漆芸家の柴田是真を父に持つ画家・柴田真哉(1858から1895)の作品であることが判明しています。さらに、写生帖の覚書などから、本図は榮太樓の創業者である三代目細田安兵衛が、明治18年(1885)5月開催のロンドン・万国発明品博覧会への出品物の一つ(併せて菓子・木型・道具を出品)として、菓子製造工程の解説画を制作依頼(日本橋の和紙舗・榛原の仲介で柴田真哉に依頼)したこともわかっています。
明治期の榮太樓工場の様子を克明に描いた本図は、海外博覧会において日本の産業や技術を伝えた貴重な出品物の一つであるとともに、日本橋の商家に現存する希少な産業史料といえます。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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以下 奥付けです。

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