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区のおしらせ 中央
平成27年4月21日号

区内の文化財

椙森神社文書

区民有形文化財 古文書 日本橋堀留町一丁目 10番2号 椙森神社

椙森神社文書(『神公日記』部分)
▲椙森神社文書(『神公日記』部分)

江戸時代、城下町として繁栄した中央区エリアは、商人・職人たちが集住する町屋(木造家屋)が所狭しと建ち並ぶ高人口密度地域となっていました。江戸の町はこうした居住空間が形成されていたがゆえに、大気が乾燥する冬季には火災都市と化しました。火事と喧嘩は江戸の華という言葉が示すように、江戸の市街地を襲った身近な災害は頻発する火災にあったわけです。
明暦の大火(1657年)に代表される江戸の大火は90件にも上るとされ、中央区エリアでは近代以降も明治初期の銀座大火や大正期の関東大震災(1923年)、そして昭和期の空襲に至るまで数多くの火災に見舞われています。本区内に現存する江戸時代以来の社寺・商家伝来の史資料(古文書・古記録の類)が極めて少ない理由は、こうした歴史的背景があるためです。
今回は、災害を乗り越えて今日まで保管されてきた椙森神社伝来の古文書です。資料の約半数は関東大震災時の被災で周囲が炭化していますが、江戸時代中期から昭和期までの資料(古文書・社務記録・伝来文書の写など約100点)が判読可能な状態で残されています。この文書群は、椙森神社における祭礼や氏子関係の記録、社殿修復・再建に関わる文書や記録、宝物・古器物目録など、主に神社経営に関係する資料が中心です。
とくに、当社伝来文書の写である『記録控』(天和4年〈1684〉から明治5年〈1872〉)には、200通以上の差出(寺社奉行や東京府への差出)文書が収録されています。ここからは、度重なる類焼被害を受けた椙森神社の様子や社殿復興・再建の願い上げなどが詳細に読み取れます。
また、第16代・小針常賢宮司の日次日記(日々の社務記録)『神公日記』(安政5年〈1858〉から明治15年〈1882〉)には、幕末から明治初期にかけての国内情勢や人々の動向が詳細に記録されています。慶応4年(1868)3月15日の記録には「(前略)江戸表者、当五日六日頃より次第ニ騒敷相成、諸大名者夫々国元江引込、御旗本者下屋敷江男女共立退或者引越ニ相成、日々大騒致候(後略)」とあり、戊辰戦争による江戸城下の混乱をつぶさに伝えています。
この日記には、日々の気象データから天災事変に至るまで多様な情報が記されており、幕末維新期の江戸東京の様相を今に伝える第一級の史料といえるでしょう。

中央区総括文化財調査指導員
増山一成

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