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区のおしらせ 中央
平成26年8月21日号

区内文化財

鉄製大釜残欠

区民有形民俗文化財 日本橋小網町6番1号 株式会社 釜屋もぐさ


鉄製大釜残欠
鉄製大釜残欠

代々の家業を守り継ぐとともに格式と信用のある店(企業)は「老舗」と呼称されています。業歴年数に関する明確な定義はありませんが、帝国データバンクの企業調査では創業・設立から100年以上の業歴を老舗として定義しているようです。
さて、今回の文化財は、日本橋小網町(旧小網町三丁目)で350年以上にわたって商いを続ける老舗「釜屋もぐさ」伝来の資料です。茅場橋を渡って日本橋小網町方面に向かうと、すぐ右手に「大鉄釜」の商標と「釜屋もぐさ」の社名のある建物が目に留まります。店内に入ると、江戸時代以来の取扱品である灸治用の艾(蓬の葉の繊毛を精製して綿状にしたもの)商品があり、正面には直径140センチメートル以上の大きな鉄釜の一部(縦に半断された残欠)が象徴的に掲げられています。
この大鉄釜に目を凝らすと、表面には明瞭に判読できる陽鋳銘文(35行、合計195文字)が施されていることに気づきます。銘文には、同店の創業年・商売内容・大鉄釜の用途・鋳造年・鋳物師名などが記載されており、いわゆる“鋳鉄製の由緒書”ともいえる内容となっています。
内容を読み解いてみると、万治2年(1659)に小網町三丁目で創業した釜屋(富士)治左衛門の祖先は、近江国栗太郡辻村(現在の滋賀県栗東市辻)の出身である旨が記されています。創業時には、鍋釜・穀物・醤油を商う荷積問屋を業としながら、近江産の伊吹艾(伊吹山の蓬を原料とした艾)の販売なども広く手掛け、後に艾の専売に携わるようになったとあります。さらに、万冶3年以来、同家前には天水桶用の大釜が置かれていたとあり、幕府による水桶調や道路改の際にも、御成・祭礼時における大釜撤去や近隣の防火に用立てた実績から、従来通りの設置が許可されてきたと記されています。
なお、銘文は6代治左衛門定意が書き記し、初代大釜から176年の時を経て当大釜へと改鋳した際に施したことが文末にみられます。また、鋳造者は深川上大島町(現在の江東区大島)の鋳物師・釜屋七右衛門(近江国辻村出身の鋳物師)の名が明記されています。
この大鉄釜は、関東大震災での被災や戦時中の金属供出などによって銘文部分を残すのみとなりましたが、江戸時代以来の家業を守り継ぐ区内の商家の歴史を今に伝える貴重な文化財となっています。

中央区総括文化財調査指導員
増山 一成

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