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区のおしらせ 中央
平成26年6月21日号

区内文化財

佐々木家文書

区民有形文化財 古文書 日本橋室町四丁目3番3号 佐々木印店


写真:佐々木家文書
▲佐々木家文書

推定100万人の都市「江戸」の土地は、江戸城を囲むように配置された「武家地」、御城下町(現在の中央区・台東区など)に集中した「町地」、これらを取り囲むように配置された「寺社地」で構成されていました。そして、江戸の市域である御府内(文政元年に朱線で江戸と在郷村との境を図示〈朱引内〉)は、全体の約70%が武家地で占められ、残り約30%の空間を二分するように町地と寺社地がありました。特に、現在の中央区エリアは、その約半分が商人・職人たちの居住する町人地で占められており、幕府や諸藩の需要を賄うとともに、都市の消費需要と供給を支える中心地となっていました。
今回の文化財は、江戸幕府の御用達職人として代々「御印判師」を務めてきた佐々木家伝来の古文書です。御用達(幕府諸役所や諸藩指定のお抱え商人・職人)は、諸般の御用調達の任に当たる特権的な町人であり、特に佐々木家のような俸禄支給を受ける幕府お抱えの御用達については、士分格として『武鑑』(武家名鑑)にも掲載されました。
佐々木家文書には、天明8年(1788)から明治元年(1868)までの史料があり、内容を大別すると、当家に関する「由緒書」や各種の「願書(改名・跡式・御扶持・御目見・支配願など)」、印判御用に関わる「日記類」「印章注文控」や将軍家・御三家・諸大名の「印判見本(花押・朱印・裏印・黒印など)」の史料が残されています。
「由緒書」によれば、寛永20年(1643)4月、初代・佐々木伊賀が「御鋳物錺師御印判兼御用」のため、幕府の御細工所(若年寄支配の細工役所〈慶応2年以降は御納戸方〉)へ召し出されて以来、9代・佐々木美作まで御印判師(5代以降「御鉄砲道具師」兼務)を世襲しました。また、初代が4代将軍・徳川家綱の朱印・黒印を彫り上げて以来、歴代将軍(家重・家治を除く)の印章を佐々木家当主が製作したことも記されています。
なかでも、「家慶公様御本丸江御移替御用日記」には、徳川家慶の12代将軍就任に際して新刻した御印判の製作過程(3カ月にわたる試印、本印、裏印製作)が詳細に記されており、将軍代替り時における印判彫刻の過程がうかがえる貴重な史料となっています。

中央区総括文化財調査指導員
増山 一成

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