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区のおしらせ 中央
平成26年4月21日号

区内文化財

絹本着色白梅図

区民有形文化財 絵画
築地三丁目17番10号
法重寺

写真:絹本着色白梅図
絹本着色白梅図

厳寒の冬からほころび始める梅は、可憐な中にも力強さを秘めた早咲きの花や寒さに耐えて育んできた蕾が花開こうとするその姿から、春の訪れを感じさせてくれます。
浄土真宗本願寺派寺院・法重寺に伝来する「絹本着色白梅図」は、江戸時代後期に活躍した画家・酒井抱一(1761〜1828)が描いた作品です。掛幅装の本図は、縦87・2センチメートル・横26・7センチメートルの絹の本紙(絹本)に、彩色(着色)を施した枝ぶりのよい白梅が鑑賞できます。梅の香がほのかに漂うような情緒溢れる梅花の描写ともに、屈折しながら這うように伸びる樹幹に優美で気品ある姿が感じ取れます。
繊細な“粋と通”の美意識が垣間見える抱一の筆致からは、江戸琳派(桃山時代後期に京都で興った日本画の流派〈本阿弥光悦・俵屋宗達を経て尾形光琳が大成した「琳派」様式〉を酒井抱一が継承・翻案して江戸で再興)の祖としての一面がうかがえます。
作者の酒井抱一は、譜代の名門・酒井雅楽頭家(祖父忠恭の代に上野国前橋藩から播磨国姫路藩へ国替)酒井忠仰の第四子次男(幼名善次、通称栄八、実名は忠因)として神田の別邸で生まれました。文芸を重んじる家風を受け、若くして俳諧や和歌を嗜み、能・茶道・香道・書画など多種の才芸に親しむ自由な文人として生涯を送っています。
寛政9年(1797)、抱一37歳の時、築地本願寺において江戸下向中の西本願寺第18世文如光暉のもとで得度を受け、師の法号・諱から二字を賜り「等覚院文詮暉真」と称し、薙髪隠居後に本格的な文人生活に入ります。特に絵画に専心した抱一は、狩野派・やまと絵・浮世絵・南蘋派の写生画・円山四条派・土佐派など諸流派の画風に習熟しました。なかでも、尾形光琳の作風に強く傾倒・私淑し、自他ともに認める光琳の後継者となりました。
白梅の美を簡潔明瞭に表した当作品からは、花弁の輪郭線を描かない没骨法や蕾の配列、にじみを生かした垂らし込み技法による写実的な樹幹など、琳派絵師としての特徴と江戸の洗練された美意識が伝わってきます。画面外から気高く伸びる幹が幾重にも「く」の字に折れ曲がるリズム感、上へと伸びる細い枝先に咲く可憐な梅花の装飾性、何れにも抱一の卓越した筆さばきと豊かな感性が表れています。

中央区総括文化財調査指導員
増山 一成

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