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区のおしらせ 中央
平成25年10月21日号

区内文化財

波除稲荷神社の天水鉢

区民有形民俗文化財 築地六丁目20番37号 波除稲荷神社
流れゆく隅田川を東に臨む築地の波除稲荷神社は、万治2年(1659)の創建以来“災難を除き、波を乗り切る”稲荷神社として、人々から篤い信仰を集めてきました。現在は、社地の南に東京都中央卸売市場築地市場(昭和10年開場)があるため、市場関係者や観光客が当社境内で参拝する姿をよく見掛けます。
かつて築地市場を含む現在の築地五丁目地区は、明治期には広大な海軍省用地、江戸時代には武家地がありました。波除稲荷神社は、時代とともに土地利用の様相が大きく変化してきた築地の地に鎮座し、そこに生きる人々の暮らしや心を支えてきました。
当社に伝来する鋳鉄製天水鉢(高さ70センチメートル・上縁外径76センチメートル)は社殿前に左右一対あり、ともに四角形の石造基壇・台座(昭和12年の後補)の上に置かれています。天水鉢正面には奉納者「尾州 御蔵 小揚」、側面に鋳物師「太田近江大掾藤原正次」と世話人「尾州廻船中」「同 舂入中」「尾張屋弥八」、裏面に「天保九戊戌歳九月吉辰」などの陽鋳銘が施されています。銘文によれば、この天水鉢は、深川上大島町の御用鋳物師・釜屋六右衛門(通称「釜六」)こと藤原(太田)正次が鋳造し、尾張徳川家の蔵屋敷で働く小揚(尾張国からの船積荷物を陸揚げする作業者)たちが、天保9年(1838)9月に波除稲荷神社へ奉納したものです。
尾張藩蔵屋敷は、現在の築地五丁目の南半一帯(2万坪以上)を占める大蔵屋敷でした。隅田川や汐留川に面する水運の便に富んだ蔵屋敷には、江戸藩邸や藩士のために国元から船で運送される物資(米穀・木材など)を保管し、藩の財政を補う国産品の瀬戸焼物が一時保管されました。特に尾張藩の専売品であった瀬戸物は、陶器売捌人の瀬戸物屋(有力御用陶商など)が御用品以外の製品を買い入れ、江戸商人に売却されて市場へと流通しました。安政3年(1856)の記録では、13万2808俵もの尾州御国産瀬戸物が江戸へ回漕されています。
重量貨物の瀬戸製品を積んだ船が江戸へと到着すれば、艀への積み替えや蔵屋敷への搬入など、多くの小揚たちの労働力が必要であったことでしょう。この天水鉢からは、尾張からの船の無事や荷揚げ労働に携わった人々の思いが伝わってきます。

住吉神社水盤舎
住吉神社水盤舎

中央区主任文化財調査指導員
増山 一成

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