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区のおしらせ 中央
平成25年6月21日号

区内文化財

板絵着色蘭陵王図額

区民有形文化財 絵画佃一丁目1番14号住吉神社
自然・人工の別はあるものの、私たちはさまざまな音に接しながら暮らしています。特に、音を組み合わせて表現した音楽は、時間的な性格を有する芸術として、いろいろな場所や場面で響き・聞き・感じることができます。
「音楽」という言葉が、あらゆる音楽活動や形態の総称となったのは、音楽取調掛(現在の東京藝術大学音楽学部の前身)が文部省内に創設された明治12年(1879)以降のことです。古くは「天上の楽」やこれを模した「法会の舞楽」の意味で用いられ、明治初期でも宮内庁では「雅楽」の意味に限定していました。
雅楽は、奈良・平安時代から宮廷の饗宴用楽舞(音楽だけのものを「管弦」、舞を伴うものを「舞楽」と称する)として演奏されてきた音楽で、龍笛・篳篥・笙などで奏でられるみやびやかな旋律に特徴があります。
さて、今回の文化財は、雅楽器の合奏を伴う舞楽曲「蘭陵王」(管弦でも演奏される)を描いた図額について紹介します。この図額は、佃一丁目に鎮座する住吉神社の幣殿(拝殿と本殿との中間にあり、幣帛や献上物を捧げる社殿)内に掲げられているものです。蘭陵王が描かれている縦82センチメートル・横56センチメートルの桐板画面は、透彫金具で装飾された黒漆塗りの額縁に収められています。
なお、画面向かって左下の墨書「月耕」や落款(落成の款識の意)「月耕之印」の朱印から、本図は尾形月耕(1859から1920)が手掛けた作品であることが確認されています。作者の月耕は、弥左衛門町(現在の銀座四丁目)生まれの日本画家で、桶町(現在の八重洲二丁目・京橋一から二丁目)や築地に居を構えるなど、中央区内に長く暮らした人物です。
月耕は、谷文晁・菊池容斎・河鍋暁斎などに私淑しながら、独学で絵の研さんを積み、新聞挿絵や『風俗画報』(春陽堂発刊)の雑誌口絵などに多くの作品を残しました。また、作品の中には、シカゴ万博やパリ万博・日本美術協会・内国勧業博覧会などで受賞した絵画もあり、画業の幅広さがうかがえます。
住吉神社に伝来する月耕の「蘭陵王図額」は、岩絵具(天然鉱物から精製した顔料)を用いて描いた躍動感のある色鮮やかな作品です。舞楽の「蘭陵王」は、一人の舞人による急速なテンポの走舞に属する楽曲で、頭には金色の龍を冠して顎を吊った仮面を付け、赤の裲襠装束(打ち掛け)を身につけ、手には撥を持って活発に舞われるもので、本図にはその特徴が極めてよく表現されています。
画面には、五葉の木瓜模様を施した長い赤色の袍(装束の上衣)、龍の刺しゅうと散雲模様が精緻に描かれた毛縁の裲襠、きらびやかな指貫の袴(裾をくくった袴)など、岩絵具による発色豊かな表現が見て取れます。さらに、いかめしい蘭陵王の面の先は、斜め上方に挙げた右手の撥に向けられ、今にも走り出そうと右膝を屈して高く上げている様は、勇壮華麗な走舞の動の特徴を見事に捉えた作品といえるでしょう。
なお、舞楽でよく演じられる蘭陵王は、古代中国の南北朝時代に実在した「北斉」の蘭陵王長恭が、その美貌をどう猛な仮面に隠して敵軍を破ったという故事に基づくといわれています。
目にも華やかな装いで舞われる蘭陵王の姿を描いた当図額は、区内に現存する月耕直筆の貴重な作品といえます。

 板絵着色蘭陵王図額
板絵着色蘭陵王図額

中央区主任文化財調査指導員
増山 一成

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