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区のおしらせ 中央
平成24年7月21日号

区内文化財

龍虎の獅子頭

区民有形民俗文化財 佃一丁目1番14号 住吉神社
平成24年に予定されている佃・住吉神社の祭礼は、8月3日から6日までの4日間の日程で執り行われます。昨年は3年に一度の例大祭の年でしたが、同年3月11日に発生した東日本大震災に伴って本祭り行事は今年に延期されました。
今年の本祭りでは、大祭式の翌日(8月4日)に前号で紹介した獅子頭宮出しの神事が行われるようです。佃住吉講(佃一丁目の祭祀組織)では、旧佃島渡船場の通りや佃小橋を境に、町内(佃一丁目1番から10番地区)を一部( 上)・二部( 下)・三部(東または向)の町組に分けており、各部ごとに有する雌雄一対の獅子頭の宮出しが行われます。
例大祭では、佃住吉講の若衆たちによって唐獅子の頭が宮出しされ、魔除け・露払いとして必要不可欠な神事となっています。ところでこの獅子頭、江戸時代の文献には、祭礼時に唐獅子ではなく、龍頭と虎頭形状の獅子頭が用いられていた記述がみられます。
幕末に神田雉子町(現在の千代田区神田美土代町・神田司町二丁目の一部)に居住し、文化活動を展開していた名主・斎藤月岑(月岑は号、名主としての通称は市左衛門、諱は幸成)が著した『東都歳時記』(天保9年(1838)に刊行された江戸とその近郊の年中行事記)には、6月28日(旧暦)のくだりに「佃島住吉明神祭礼今明日修行 神主平岡氏 小の月は名越祓と同日也 龍虎の頭を渡す 廿九日未の刻 神輿を海中に舁入奉る 今日深川佃町にも遥拝の社ありて祭礼執行あり」と記されています。
文献に登場する「龍虎の頭」とは、江戸時代から大正期まで住吉神社大祭の獅子頭宮出しや御練りで用いられていた「龍虎の獅子頭」と称されているものです。現在は大祭期間中、隅田川畔に設置した「龍虎の庭」と呼ばれる御仮屋(草木や自然石で装飾したよしず張りの仮設小屋)に安置されています。
なお、獅子頭といえば唐獅子を想像しますが、日本各地に伝わる祭礼や芸能などで用いられる獅子頭には、龍や虎、或いは鹿に似た頭である場合もあり、いずれも霊性を帯びた存在として丁重に扱われています。
佃地区に伝わる龍虎の獅子頭は、江戸時代の作と推定されるもので、頭頂部に赤熊の毛(赤く染めたヤクの白い尾の毛)が植え込まれた木造漆塗りの獅子頭です。
頭に角があるものが龍頭の獅子頭で、やや扁平で奥行のある形状です。表面は黒漆塗り、唇・口内・耳の内側等は朱漆塗りで、眉毛・口髭・顎鬚等の部分には金泥が施されており、龍の特徴がよく表現された秀逸な作りです。なお、髭自体は失われていますが、鼻脇にはかつて髭が植え込まれていたと思われる植毛痕(穴)が数か所残されています。
また、耳を大きく立てたものが虎頭の獅子頭で、表面は褐色漆塗り、唇・口内・耳の内側等は朱漆塗りとなっており、丸く盛り上がった鼻先と小さな鼻穴が特徴的な面形です。漆の剥落が散見されますが、獅子頭上部には黒漆による毛描が施されていたと思われる箇所も見受けられ、こちらも虎の特徴をよく表した獅子頭といえるでしょう。
両頭ともに風格のある造形で、破邪の霊獣としての威儀を感じさせる作風であるとともに、龍頭・虎頭をそれぞれ雄獅子・雌獅子に見立てた獅子頭としても珍しいものです。
なお、佃地区に伝わる伝説では、かつて佃島で起こった落雷による火災を龍頭が水を噴き、虎頭が砂を吐いて消火したという言い伝えがあり、関東大震災でもこの故事に倣い、火伏の獅子頭を猛火に向けて置き、火災から島を守ったともいわれています。


龍(左)虎(右)の獅子頭

中央区主任文化財調査指導員
増山 一成

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