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区のおしらせ 中央
平成23年6月21日号

区内文化財

寛保沽券図

区民有形文化財 古文書・古記録築地一丁目1番1号 京橋図書館
今回の文化財は、江戸時代に作成された「沽券図」といわれる資料を紹介します。沽券図とは、いわば現在の地籍図と土地台帳を兼ねたもので、江戸時代には、町奉行の命令よって町屋敷の所有権や地価などを細かく記載しました。
まずは、江戸時代に沽券図なるものが作成された経緯をひもといてみましょう。
慶長8年(1603)、江戸に幕府を開いた徳川家康は、全国統一の中心都市としての江戸建設に着手しました。この大建設工事は、寛永14年(1637)に江戸城本丸改築工事が竣工したことで一応の完成をみますが、江戸の約6割を焼失した明暦3年(1657)の大火が契機となり、その後の復興計画の実施で江戸市街は急速に拡大しました。
江戸を構成する土地には、大きく三つの屋敷地(武家地・寺社地・町人地)がありましたが、明暦大火後の都市改造によって江戸は人口・面積ともに膨張し、とりわけ町方人口の急激な増加と町人地の無秩序な拡大が進みました。
そこで幕府は、江戸町人地の支配体制を再編・強化するため、「宝永7年(1710)から正徳元年(1711)」と「寛保4年(1744)または延享元年(1744)」に代官支配地と寺社奉行支配地(寺社の門前町)を町奉行支配地へと移管しました。そしてこの時、江戸町奉行が町屋敷を把握するため、町名主の支配地域(一町または数町単位)ごとに作成を命じた町方絵図が、「沽券図」といわれるものです。
沽券図には、各町屋敷の「間口・奥行寸法、地主(持ち主)・家守(管理者)、坪数・沽券金高(町屋敷の売買価格)および小間高(間口一間あたりの売買価格)」を書き記し、「道幅・川・堀・橋・木戸・上下水・井戸」なども詳細に記載して町奉行へ提出しました。
なお、町人が住む町屋敷は、武家地などとは異なって売買することができました。したがって、沽券図は沽券の存在する(売買の対象となる)江戸の町屋敷全域で作成されたはずですが、現存しているのは約60舗にとどまっています。
京橋図書館に保管されている沽券図は、16舗(中央区民文化財)あり、大正4年(1915)に旧日本橋区役所の倉庫から発見されて以来、本区において大切に保管されて今日に至っています。
この沽券図には、寛保4年の作成年があるものと年代不詳のものがありますが、記載内容からみて、すべて江戸時代中期〜後期に作成したものと推定されます。地域的には、日本橋以北の町々の名(大伝馬町・大伝馬塩町・小伝馬町・鉄砲町・田所町・長谷川町・松島町・葺屋町・小舟町など)を確認することができます。
資料は絵図の形式であるため、江戸時代における日本橋以北の市街地の様相とともに、町人地の居住空間や売買価格も含めた土地一筆ごとの情報が詳細に分かるため、当時の土地利用状況を知る上で欠くことのできない貴重な文化財といえます。 なお、「沽券」とは、元来土地などの売買証文のことですが、人の価値・品格・体面といった意味に転じて、今では、品位や体面を保てない場合の慣用句「沽券にかかわる」などの表現で使われています。

寛保沽券図
寛保沽券図

中央区主任文化財調査指導員
増山 一成

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