資料室
体験記-空襲体験-
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空襲体験
深川地区の惨状に思う

勝又 康雄(かつまた やすお)

 私は空襲でそれほど直接的な被害は受けていない。東京大空襲のあった昭和20年3月10日には、有楽町、銀座あたりの被害状況を見たが、ひどくやられたという印象がない。それは、翌11日、深川へ人探しに行って、筆舌に尽くし難い惨状を目の当たりにし、そちらの方が強く心に焼きついたからかもしれない。
 当時、私は金沢八景の近くに住んでいて、銀座二丁目にあった勤め先の高島屋飯田に通っていた。3月10日の朝は、東京がそれほどやられたということは知らず、普段のとおり朝7時過ぎに家を出た。
 京浜急行で日の出町まで来た時、空襲警報が出て電車から降ろされた。近くの防空壕に退避していると、艦載機が数機やって来て機銃を乱射した。バリバリ、ズシンというもの凄い音で、さすがに恐かったが、幸い誰1人負傷者は出なかった。退避中に「東京がひどくやられたらしい」という話がでて、「これじゃ、会社も危ないかな」と、その時初めて思った。
 そして、有楽町の駅に着いて私は愕然とした。あちこちが焼けているではないか。焼跡には、まだ白い煙がくすぶっている。その中の道を私は会社へと急いだ。

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