資料室
体験記-空襲体験-
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空襲体験
人が空から降ってきた

大西 清(おおにし きよし)

 私は、昭和13年に出征し、翌14年秋に内地に帰還していた。空襲が激しくなった昭和20年には、芝・増上寺の前の女子会館の3階で警備隊の書記をしていた。家は理髪店を営んでいたので、どちらかと言うと職業に甘んじてのんびりしていた方である。
 度々空襲には遭ってきたが、空襲、防空壕への避難ということを繰り返すうちに慣れっこになっていた。
 私は、防空壕へ避難する時には、家財道具よりも商売道具のバリカンと鋏をいつもバッグに入れるようにしていた。
 ところが、昭和20年1月27日の昼の空襲は異常であった。午後1時過ぎに警報が発令されると、いきなり爆弾攻撃が始まったのである。
 私が、たまたま近くの漬物屋の前の防空壕のところに立っていたら、我が家から2つ先の路地に爆弾が落とされた。駆けつけてみると、飛ばされた家、前倒しになっている家が目に入った。近くの旅館では、風邪をひいて2階で寝ていた人が吹き飛ばされ、その人の胴体だけが屋根を突き抜けて落ちてきたということだった。この時だけで、付近の人たちが数人亡くなった。八丁堀キネマにも爆弾が落ち、若い娘さんが1人吹き飛ばされて死んだ。私の店でも爆弾でイスが倒れるなどしたが、たいした被害はなかった。

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