資料室
体験記-学童疎開体験-
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学童疎開体験
同じ苦労をともにした仲間たちのつながり

福田 錦二(ふくだ きんじ)

 私の疎開生活は昭和19年8月21日、私が国民学校5年生の時に始まり、21年1月半ばまで埼玉県北足立郡桶川町(現 桶川市)にある知足院というお寺にお世話になりました。
 久松国民学校の5年生は光照寺と本学院、医王寺、知足院の4か所に分かれて疎開しました。私たちの知足院は、5年生の1組の男子と3組の女子の計44名の混合疎開でしたが、これは後に聞くところによると、同学年の男女が1つのお寺に寝泊まりするのは当時としては珍しいケースだったようです。
 先生方は、山田先生と森(現 佐藤)先生を中心に、東京から同行された寮母さんの別所さん、そして地元から保母さんとしてみえた鈴木さん、久喜さんの5人が約1年半もの間、私たちの面倒をみてくださいました。村の方々は非常に協力的で、子供心に印象に残ったのはご近所の農家の関根さんと町長の熊井さんです。とにかく多くの人たちに支えられて、私たち44人の疎開生活はスタートしたのでした。
 何といっても思い出に残るのは、1週間に1度の桶川国民学校への登校でしょうか。最初は毎日のように登校することになっていたのですが、とにかく田舎道をトコトコ30〜35分もかけて歩かなければならないのです。食べ物は当然不足しておりましたから、多少栄養失調気味だったのでしょう、30分以上をかけて通学し、学校へ着くともうくたびれていました。
 行った当初は夏場だったので、それでも元気に通ったのですが、冬になると雪が降り、寒さと、時間がかかるのとで都会の子にとっては辛く、1時間目の授業に間に合わず受けられないのです。そのため、急きょ本堂に畳を敷き、机を並べて勉強することになったのでした。

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