資料室
体験記-学童疎開体験-
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学童疎開体験
雨の日は裸足で通学

本間 俊子(ほんま としこ)

 昭和19年の夏でした。私たち6年生の女子と3年生の女子、4年生の男子は埼玉県足立郡片柳村(現 大宮市)の万年寺へ疎開しました。今でこそ大宮はすぐそこですが、あの頃は子供だったことも手伝って、はるかかなたへ行ったような気持ちでした。それでも遠足に行くような、何となく嬉しい気持ちで出発したことを憶えています。
 片柳村はお芋の産地でしたから、大きなザルに蒸したお芋が一杯盛られて本堂に置いてありました。「どうぞ好きなだけ食べてください」と言われたのですが、東京ではみたことがないほど大量のお芋でしたので初めはびっくりして手が出せなかったのですが、1つ食べるとホクホクしてとても美味しいのです。夢中になって食べ、すぐになくなりました。
 お腹が空いてしょうがない、というようなこともなく、確かにご飯にお芋や麦がまじっていたことの方が多かったようですが、白いご飯も食べられました。疎開先ではどんぶりが食器で、1回に量は一杯入れることができるのですが、女の子はどんぶりの線より下までしか入れてもらえませんでした。それでも男の子がガツガツ食べるのをみて可哀想になり、自分たちのどんぶりのご飯を少し削って分けてあげたりしたことはあります。やんちゃ盛りの男の子には足りなかったのかもしれません。6年生の女子は3年生の女子や4年生の男子の衣類の繕いものをしたりして、たいそうお姉さんぶっていたと思います。
 疎開生活の後半になって、風邪をひいたり、お腹をこわした子供には真っ白いお粥に梅干しを添えた食事が出されるのですが、毎日芋や麦の混じった雑炊を食べている私たちにとっては、それが食べたくて「病気になりたいね」なんて羨ましく思ったことがありました。

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