資料室
体験記-学童疎開体験-
目次へ戻る
学童疎開体験
農家に分宿して腹一杯のご飯を

青木 貞治(あおき さだじ)

 常盤国民学校の児童のうち5年生と3年生あわせて80名くらい(5年生が50〜51名)を連れて、埼玉県比企郡福田村(現 滑川町)の成安寺に疎開したのは、昭和19年8月25日でした。
 引率の教員は、寮長の水越先生と私(5年生担任)の2人でしたが、寮長の仕事は大変なので担任をはずしたため、翌年4月に大塚先生(女性)が着任されて3人になりました。
 成安寺の庫裏の10畳4部屋が住まいでしたから、1人に布団1枚は無理で、部屋一杯に布団を敷いて、頭を合わせて寝ました。1部屋に1人の寮母がつき、中に看護婦の資格のある人も1人いたはずです。
 何しろ、10q近く歩いて行かないと医者のいないという無医村ですから、ちょっとした注射は看護婦か、いない時は私がやりました。薬は子供の親元に薬問屋がありますから、いくらでも手に入るわけですが、風邪をひくくらいで余り病気にはなりませんでした。食べ過ぎるということもないので、腹痛もありません。疎開中、病気で帰京したのは1人だったと思います。ただしノミやシラミが多いのと、水が東京の水道から井戸水に変わったことで皮膚病が多く発生して困りました。
 受け入れ側の成安寺(住職は出征中で奥さんと子供だけだった)も村も非常に好意的で、よくしていただきました。学童用の配給キップは持って行きましたがそれだけでは足りませんので、農協もよく協力して下さって“特別配給”をもらいました。

- 1 -

次のページへ

▲ページの先頭へ

お知らせ プライバシーポリシー 利用案内 リンク集
Copyright (c) Chuo City. All rights reserved.